施術者

高木もえ

 

鍼灸師 

医療通訳士(中国語)

順天堂大学院 修士(医科学)修了
首都医校 鍼灸学科 卒業

日経WOMAN 「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2007」受賞

マイストーリー

 【体調不良を我慢して働いていた私が、鍼灸師になるまで】 

1|限界を感じながら働いていた日々

鍼灸師になる以前、私は会社員として中国で働いていました。

 慣れない環境の中で、長時間労働とストレスが積み重なり、頭痛・めまい・不眠・極度の冷えに悩まされるようになりました。

めまいで真っ直ぐ歩けない。
 頭痛で嘔吐する。
 真夏でも体が冷えて眠れない。

日本の病院で様々な検査を受けても「異常なし」。

 処方された鎮痛薬や睡眠薬でごまかしながら、限界の状態で働き続けていました。


2|中国で出会った“もう一つの医療”

そんな時、中国人の同僚が中国医学の医師を紹介してくれました。

中国では、西洋医学と並んで伝統医学が当たり前に存在しています。
 専門病院もあり、鍼灸や漢方を日常的に受ける文化があります。

実際に診察を受け、漢方や鍼灸治療を体験したことで、
 「体を根本から整える医療」の存在を初めて実感しました。


3|自分の体と向き合う決断

帰国後、体調はさらに悪化。

 私は会社員を辞め、中国語の医療通訳をしながら体の回復を優先する生活に切り替えました。

医療の基礎を学びながら、自分で色々なケアを試す中で、
 「しっかり医学を学びたい」という思いが強くなっていきました。


4|ドライニードルとの出会い

これまで様々な治療法を試す中で、
 最も早く変化を実感できたのが「ドライニードル」でした。

最初は肩こりや腰痛をケアする技術だと思っていました。
 しかし実際には、筋肉の深部にアプローチし、血流を改善し、
 体の回復力そのものを引き出す施術でした。

その結果、長年悩んでいた体の不調が少しずつ改善していきました。


5|鍼灸師として伝えたいこと

自身の体をケアしながら、鍼灸学校で3年間学び国家資格を取得。その後、さらに大学院で医科学を学び、修士号を取得しました。

今では、自分自身の体調も安定し、元気に働けるようになりました。

こうした経験があったからこそ、日々強く思っている事があります。

それは、
 「昔の自分のように、不調を我慢して働いている人の健康サポートしたい」と。

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